小笠原旅行


2009年6月12日〜2009年6月24日


 旅行日程

このページでは、今回の小笠原旅行の旅行日程を紹介します。

 6月12日(金)

竹芝桟橋発10:00(30分前までに手続きが必要)のおがさわら丸に乗るためには、ラッシュアワーの山手線・京浜東北線に乗って浜松町で降りる必要があった。
そのため、朝のラッシュが始まる前に早めに電車に乗り、浜松町界隈で朝食がてらぷらぷらとしてみた。
やがて手続きが開始となったが、新型インフルエンザのために余計な書類を書かなければならなかった。
手続き後は少し時間があったので、昼飯などのお買いもの。お土産物屋で本を売っていたので暇つぶしに買ってみた。
出航時には天気も比較的良く、これから楽しい旅行が始まる気分が高まってきた。
船はレインボーブリッジをくぐり、羽田沖で飛行機の離発着を眺めながら、のんびりと東京湾を南下した。
東京湾は思っていたよりも広く、房総半島の先を抜けて外洋に出るまで3時間以上もかかった。
房総半島を抜けるまでは携帯電話も使えてしまうため、外洋に出てから初めて出発できたような気分だった。

海上は日差しも風も強く、デッキに居たらかなり日焼けしてしまったにも関わらず、体感的には寒いくらいだった。
でも、ビールを片手に360度水平線しかない大海原を眺めながらの船旅は、とっても気持がよかった。

夕食をとり、日が暮れてくるあたりから天気が悪くなってきた。波が高くなり、デッキにしぶきがかかってくるようになり、本来ならば22:00までデッキはあいているはずなのだが、
20:00で閉められてしまった。もっとも、いちばん上のデッキに出ている人はすでにおらず、後部にあるカフェの後ろ側にある外の席にしか居られないような状態だったため、仕方がなかった。どうやら梅雨前線を通過したために荒れていたようであった。
夕日や、何といっても海上での星空を期待していたために非常に残念だった。


 6月13日(土)

船の中での目覚め。残念ながらまだ天気は悪く、船も少し揺れていた。船酔いする人は大変かもしれない。
さすがにデッキは波をかぶっていたため、しばらくは外に出られなかった。
朝食をとって少しすると9:00になったので、昨日予約しておいた船内ツアーの時間になった。
船内ツアーは、おがさわら丸のエンジンルームと操舵室を見せてくれるものであり、張り紙を見つけた人だけがこっそり応募している感じだった。
エンジンルームではコントロール室で一通りの説明があったのちに、奥にあるエンジン室にも入れてくれた。
エンジン室は非常に熱く、うるさくてみんな早足で眺めながら通り過ぎて終わってしまった。
昨年以来の燃料費高騰は、おがさわら丸でも相当きついようで、原油の高騰がどれだけ社会的なインパクトであったかがよくわかる。
エンジンループの後は操舵室を見せてくれた。
といっても、おがさわら丸の場合、航路は一直線であり基本的には自動操縦だけで十分のようだった。
いつの間にかきれいに晴れていて、操舵室からの眺めは良かったが、遠方はガスが発生していて、聟島列島が見える位置だったらしいが、操舵室からはよく見えなかった。

船内ツアーが終わりデッキに出てみると、天気はよく刺すような日差しであった。しかし波はまだ残っていて船は少し揺れていた。
デッキに出て眺めていると少しだけガスが晴れてきて聟島列島の一部を見ることができた。
島の近くに来ると海鳥の行動範囲に入るようで、カツオドリが頻繁に現れるようになった。

聟島列島を過ぎてしばらくすると父島が見えてきた。父島は西側に大きな凹みの二見湾があり、その奥が港になっている島だった。二見湾の入り口近くでウインドウサーフィンをやっている人がいて気持ちよさそうだった。
船が二見湾に入って港に近づくと、一隻の船が近づいてきた。父島タクシーの船で、こちらに手を振って近づいてきた。このときは、島だけあって海運が発達していて船のタクシーがあるものと勘違いしていた。実際にはタクシー会社が運営するツアー用の船で、お迎えに来ているのだった。

港に着くと、そこはお祭り騒ぎだった。
大歓迎の中、予約を受けている宿が迎えに来ていて、当然私が泊まることになっていたユースホステルからも迎えが来ていた。
多くの宿は二見港から近く、別に迎えに来なくてもよさそうなものだとも思ったが、あらゆるもの(観光客、家族、物資、…)がおがさわら丸に乗ってやってくることからも、週1便のおがさわら丸は島最大のイベントであるようだった。
おがさわら丸は4日間停泊している。そのため、多くの観光客は1航海分(父島に3泊4日)で旅行をするようである。しかし、行き帰りがさらに25時間半ずつ追加されるので、1航海しかいなくても6日必要となる。これが小笠原に来ることの最も大きな障壁であるといえる。
多くの人は滞在時間が短くなってしまうため、おがさわら丸の入港、出港時間はうまく調整されており、入港日は午後のツアーで遊べるように、出港日は午前のツアーで遊べるような時間に設定されていた。
この日はまだ特に予定を入れていなかったのだが、YHについてみると、午後のツアーがあることがわかり、早速最寄りでツアーを開催している所(PAPAYA)に行ってみると空きがあったため参加した。ただし、全然時間がなくて、昼飯はお菓子だけという慌ただしい状態だった。
午後の半日ツアーは父島で王道の組み合わせで、南島上陸+兄島瀬戸の海中公園でシュノーケリング+移動の間にイルカを探す、という内容だった。
ツアー船は30人乗りくらいの船で、まず父島の南にある南島に向かった。この島は保護のレベルが高い島で、父島の土が靴底から持ち込まれることも避けるほどであった。
この島は、ガイドなしでは入島できず、歩ける場所も決まっていて、さらに1日当たり100人までしか入れないという島だった。
南島1番の見どころは扇池と呼ばれる砂浜で、周囲が高く内側が窪んでいる形状の島の外側の断崖に穴があいた場所があり、そこが砂浜になっている場所だった。
ウミガメが多く産卵にやってくるらしく、大きな穴が何か所もあった。砂浜には多くの貝殻が転がっていたが、実際には絶滅したカタツムリの殻なのだそうな。時代が古すぎないため、化石とは呼べないらしく、半化石と説明された。扇池から少し奥にもうひとつ池(陰陽池)があったが、こちらは雨水がたまってできた淡水の湖のようだった。ただし、大波のときには海水がはいってくるらしく、完全な淡水ではないとのことであった。池には藻がたくさん生えていたが、かなり貴重なもの(天然記念物)らしく、ここまで群生している場所はないとのことだった。
南島のもう1か所の見どころは、扇池の反対側の外周部分に登って景色を眺めるものだった。登って見ると扇池が絶景で、他にも船をつけるサメ池(ネムリブカが繁殖のためにうようよしている)や、父島の南側にあるハートの形をした岩(ハートロック)、南島瀬戸などがきれいに見えて絶景だった。
この日のツアーは勝手がわからないのでせっかく買っていった一眼レフのデジタルカメラは持ってゆかなかった。
ところが、南島は非常にきれいで、カメラを持ってゆかなかったことを非常に後悔するはめになった。

南島を出て今度は父島の北側にある兄島の海中公園に向かった。本当はここでイルカに出会えるのが一番良さそうなのだが、この日は結局イルカは見つけられなかった。
兄島の海中公園は、父島と兄島の間にある兄島瀬戸と呼ばれる流れのはやい場所の兄島側で、浅いところにサンゴが群生している、父島最大のシュノーケリングポイントだった。
シュノーケリングはやったことがないので講習を兼ねたツアーに参加したつもりだったのだが、習うより慣れろな雰囲気だった。
ウエットスーツを着た上で、心配な人は更にライフジャケットを着るように言われたため来てみたが、浮きすぎて何もできないのですぐに外した。
実はウエットスーツには十分に浮力があり、浮いているには何の問題もなかった。
もう6月中旬で、しかも南の島なので水温もかなり高いだろうと思っていたが、今年は水温が上がっていないらしく、結構冷たかった。
私が小笠原に滞在していた間、水温は22〜23度しかなかった。

夕食後に今日のツアーを行っていたPAPAYAに明日の予約をしようとしたら、いっぱいだと言われてしまった。
そういうこともあるのだと気付かなかった。


 6月14日(日)

無理に海のツアーでなくても良いと思ったため、今日は海には出ずに陸で過ごすことにした。
二見湾の北西あたりに、通称「ウェザーステーション」と言われている展望台がある。まずはそこへ向かった。
ウェザーステーションの展望台は島の西側の海が見渡せる絶好のポイントで、大きな屋根と椅子がある日よけに最適な場所だった。
さらに海からの風が吹くため、下手なクーラーの部屋にいるよりも、よっぽど気持がよい。
ウェザーステーションまでは舗装された道路があり、ほとんどの人はレンタルバイクか、ガイドの車で来ていた。
さらにウェザーステーションのところから三日月山へ向う遊歩道があり、こちらを進むと二見湾を一望できる展望台がある。
私が登った時には運良く晴れていてどちらの展望台からも景色を眺めることができたが、帰る頃には山の上の方には霧がかかってしまい、景色を見ることはできなくなっていた。
父島に来てからは、しばらくこのような天気で晴れることはなく、夕日も星も見ることができないでいた。
この山にかかっていた雲は海からの湿った風が島の断崖にぶつかって雲になっているものだった。
午前中に展望台から降りてきて、二見湾の付近で昼食にした。島特有のものが食べたかったため、鮨屋っぽいところに入ってみた。
名物料理は「カメ料理」らしく、どうやらウミガメを食べる習慣があるらしい。毎年特定の時期に漁をしているらしく、今年は1ヶ月前に終わったとのことだった。
料理そのものは冷凍してあっていつでもでてくる。今日はカメ刺しとパパイヤキムチにしてみた。
カメ刺しは馬刺しの食感に肉の血っぽさを抜いたものと表現したら近いのかな?と思った。非常に淡白でくせのないものであった。
聞いたところによると、このカメは1.4mくらいはあったそうである。

午後は二見湾にある水産センターと海洋センターに行ってみた。
水産センターでは、近くに生息している魚貝類が水槽で飼育されていて、誰でも無料で見ることができる。
また、高級魚の養殖技術を開発中とのことで、漁業関連の研究を行っているものと思われる。
海洋センターは二見湾をさらに回ったところにあった。海洋センターはウミガメの保護を目的としていて、今日はカメを食べつつ保護センターを見るという不思議な一日となった。
海洋センターでは、人工飼育されている大きなカメが数匹いて、100円でえさやりができるようだった。
人が近づいてきただけで、餌の催促で近寄ってくる巨大なカメは、可愛くもあり不気味でもありという気がした。
他にも、父島で最もポピュラーな砂浜である前浜で産卵があると、踏まれてしまうため回収して海洋センターでふ化させて放流しているとのことだった。
ウミガメは個体数が回復傾向にあるとのことで、活動がうまくいっているようであった。
海洋センターには砂浜に囲いをしていた場所があったらしいのだが、私が行った時には既に囲っていた網は外されており杭だけがたっていた。
個体数が回復してきたことから、人工的な産卵場所として囲うのではなく、自然界に解放したとのことだった。決して大きくはない範囲なのだが、昨日ウミガメが産卵したとのことで、自然に開放して正解だったようである。


 6月15日(月)

今日は一日船に乗って父島周辺ツアー。最寄りのPAPAYAが貸切とのことだったので、入港日にお迎えをしてくれた父島タクシーに昨日予約を入れておいた。
カメラを持ってゆかなかった南島の上陸もあるので、良いリベンジのチャンスである。近くのお店で、水中で使える「写るんです」を売っていたため買ってみた。
9:00頃船に乗り、ツアーの説明を受け終わった頃にちょうど二見湾を出たところだった。私とおなじおが丸で来た人はまだイルカを見れていない人が多いらしく(一昨日、昨日とあまり出なかったらしい)みんななんとなく海を見ていた。一昨日、昨日よりも少しずつ波が穏やかになってきているようであった。
みんなボーっとしながらしゃべっていたら、二見湾を出てすぐにいきなりイルカの背びれが見えた。あわてて、船長に「9時方向なんか居ます〜!」って叫んでみると、やっぱりイルカだった。こんなに早く出るとはみんな思っておらず、全員大慌てでウエットスーツを着始めた。
船はイルカの進行方向に先回りして、タイミングよく合図を出してくれる。タイミングは絶妙なのですぐに入らないと見れない。
船長の合図が出て水に入ったが、水が濁っていて視界が悪い。きょろきょろしてみてもイルカの姿が見えない。さらにきょろきょろしてみると、いきなり真下にイルカが出現して通り過ぎて行った。父島周辺にいる2種類のイルカのうち、人と遊んでくれる方のミナミハンドウイルカ(通称バンドウイルカ)だった。最初に見つけたイルカは2頭だったが、人をからかうように遊びながら泳ぎ去って行った。見えなくなると人が泳いでも追いつけないので、いったん船に上がって再度イルカの鼻先で水に入ることを繰り返すのが基本だった。
二見湾を出てすぐで、ツアー出発時間だったせいか、4隻のツアー船が同じところに集まっていた。ふと見るといつの間にかイルカの数が増えており、4隻の船が取り囲む範囲に何頭ものバンドウイルカが集まってきていた。そのうちの一頭は魚を口にくわえたまま食べるわけでもなく泳いでいた。どうやら捕らえた魚で遊んでいるらしい。たまに、魚を人に見せびらかしているような動きもしていた。イルカを見失うと船に上がるのだが、上から見ているといつの間にかハシナガイルカの群れまで出現していた。もう、上から見ても泳いで見てもイルカを満喫できる状態であった。惜しむらくは、これで水が濁っていなければもっとよかったのだが。
ドルフィンスイムにはルールがあるらしく、1つの群れに対して5回しか入れないらしい。どの船も興奮状態で入りまくったせいで、一斉に5回を消費してしまい誰も水に入らなくなってしまった。するとバンドウイルカが遊び足りないのか船の周りで遊び始めた。「今入りたい〜!」とみんな悔しがっていた。
ハシナガイルカは人が入ると潜ってしまうのだが、誰も入らないので群れで船の周りをしばらく泳いでいた。今日は南島向けにカメラを持ってきていたので、絶好のシャッターチャンスだった。(後で気づいたのだが、カメラテストでISO感度を12800にしてしまっていた。シャッタースピードは必要以上に高いので手ぶれはしていないのだが、ノイズが載りまくっていて非常に残念な結果になってしまったのが非常に!非常に!悔やまれる)
イルカを見た後で、いよいよ南島へ。イルカと遭遇していた時には空はどんよりしていたのだが、南島に着いた時には晴れていた。南島は晴れていないときれいじゃないので、助かった。
無事にきれいな景色を撮影することができた。
南島の後は、ホェールウォッチングに向かった。この時期は水深1000mまで潜る驚異の潜航能力を持つマッコウクジラが見れる時期である。
小笠原諸島は船で数十分走るだけで水深1000mを超える深い小笠原海溝に落ち込んでいる、水深の変化が激しい海域らしく、マッコウクジラが出現するところまで簡単に行くことができる。マッコウクジラ探しはイルカと違って目視ではない。光の届かない深海でぶつからない様に泳いだり、獲物を発見したり、コミュニケーションを取るためにクジラが発している音を水中マイクで拾って探すのである。
この日は非常に残念なことに、結局クジラの声を拾うことができないままに帰ることになってしまった。延々船に乗って探した揚句に見つけられなかったため、みんな精神的にも体力的にも少しぐったりしていた。ところが帰り際に2頭の親子イルカを発見した。特に子供が船に興味津々で近寄ってきていたため、急きょドルフィンスイムとなった。案の定、イルカは遊ぶ気満々で、腹を見せてみたり、人の泳ぐ速度に合わせてわざとゆっくり泳いで見せたりと、思いっきり遊んでくれた。
あまりにも遊んでくれたため、みんなクジラを見つけられなかったことは忘れてしまっていた。

夕食後、散歩がてら近くの砂浜に行ってみた。ここは前浜と呼ばれている最もポピュラーな砂浜であるが、ウミガメが産卵にも来るらしい。浜の端の方で何かきらきら光っているので行ってみると、行きの船に乗るときに竹芝桟橋で自転車+リヤカーをコンテナに積んでいた人がいた。光っていたのはリヤカーにつけた安全用のマーカーだった。ちょっと話を聞いてみると、沖縄でライフセーバーをやっていた人らしく、ライフセービングをもっと広めたいという思いで自転車で各地を巡ってみることにしたようだった。ちなみに、自転車なのは、体力と精神力の維持向上を兼ねていたらしい。各地でいろいろな活動にも協力しているとのことで、父島では海洋センターのウミガメ保護の活動に協力しているらしい。
そんな話をしていると、その人の携帯電話が鳴った。海洋センターの人からで、すぐ目の前の前浜でウミガメの産卵が始まったという連絡だった。早速行ってみると海洋センターの人が近くで見守る中、遠巻きに観光客が集まっていた。
しばらくすると穴掘りが終わり産卵が始まった。すると2人ずつ産卵を見せてくれるという。海洋センターの人の話では、ウミガメの視界に入らなければ大丈夫とのことで、穴の中にライトをあてて見せてくれた。この浜は非常に観光客が多いため、卵は産んだそばから発泡スチロールの箱に回収していた。おそらく海洋センターでふ化させてから放流させるらしい。
非常に貴重なものを見ることができた。

 6月16日(火)

今日はおが丸の出港日。今日の船で帰る人は朝から帰り支度をしていた。
今日は出港日のため海のツアーは午前の半日のものしかない。そのためツアーには申し込まずだらだらすることに決めていた。
天気が良かったため、ウェザーステーションに行き、だらだらしながら本でも読んでいることにした。
行ってみると、PAPAYAの人がイルカを探していた。双眼鏡を使えばイルカが見えるらしく、船にイルカの位置を教えていた。実はイルカ以外にも、冬に現れるザトウクジラがウェザーステーションから見ることができるらしい。
それにしてもウェザーステーションは風が抜けて、日よけがあるため気持ちいい。クーラーの部屋にこもっているのはもったいない。もっとも、20分登ってくるのは大変なのだが…。レンタルバイクを借りていれば、すぐに来ることができたのだが、今回はあまり使わない予定だったので借りなかった。
12:00頃、昨日のツアーで同じ船だった人がいることに気づいてあいさつした。仕事で来ていたらしく、今日のおが丸で帰るとのことだった。
ちょうど昼食のために降りようと思っていたところだったのだが、その人たちが車を借りていたため、下まで乗せてもらった。

おが丸出港の時間が近くなってきたため港に行ってみた。YHは港にあるクジラの像の前で記念写真を撮ることになっていた。
写真撮影後、見送りのために船の近くまで行ってみたが、太鼓が鳴らされたり、早くゆけば踊りなども行われていたらしく、入港時よりもお祭り騒ぎだった。
圧巻だったのは、おが丸が港を離れた後だった。
ツアー船が10隻近く一斉におが丸を追いかけてゆくのだ。
しかも、一部の船は乗りたい人を乗せてくれるようで、私はYHのヘルパーさん達とPAPAYAの船に乗せてもらった。
船は順番におが丸に近づいてゆき、最後に乗っている人が海に飛び込んで終了となるようだった。
次々とツアー船がおが丸に近づいては、人が飛び込んでゆくことを繰り返し、一隻ずつ船が減ってゆく。私が乗ったPAPAYAの船はおが丸から一番遠くを走って行きなかなか近づこうとしない。全部の船がいなくなってからようやくおが丸に接近したが、延々走り続ける。明らかにイルカが出現するポイントに入っている。
二見湾を出て、烏帽子岩を抜け、ひょうたん島が真横に見えたくらいでようやく2階席から飛び込み始め、さらに1階席の人が続いていった。

見ていて思ったが、どうやら父島タクシーとPAPAYAの船長は張り合っているのではないかと思う。
入港日にはほかの船が来なくても、父島タクシーは意地でも船を出しているし、出港日にも父島タクシーは最後から2番目を維持している。
一方でPAPAYAは出港日に、明らかにほかの船よりも延々追いかけている。
海の男の意地を垣間見た気がする。

飛び込んだ人を乗せるために、船はしばらく海上にいたのだが、徐々に小さくなっていくおが丸を見ていると、とても寂しい気がしてきた。
船とはなんとも不思議なものである。人や物資だけでなく、人の想いも運んでいるのである。

前回のツアーは父島タクシーだったので、あまり船を変えない方が良いと思い行ってみたが、明日は自衛隊が入港するので人手が足りずにツアーが中止となって断られてしまった。
しかし、見送りに載せてくれたPAPAYAは出るとのことなので、明日はPAPAYAの船で1日ツアーに出ることにした。
父島タクシーは他のツアー船と違って、宿を経営していないようだった。逆に、タクシーや大量のレンタルバイクなどを扱っているため、自衛隊の人が上陸して一斉にバイクを借りるために人手が足りなくなったものと思われる。逆に、入港日に父島タクシーだけがお迎えできるのは、宿を持っていないがために、新しく来る人の宿の準備をしなくてよいからなのかもしれない。まあ、本当のところはよくわからないのだが。

 6月17日(水)

今日はPAPAYAの船で父島周辺ツアー。おが丸がいない間は15:00までと時間が少し短いが、お値段が格安の¥5000となる。
参加者は4人しかおらず、繁忙期でなくおが丸がいないときの島の人の少なさを感じさせた。
今日参加しているような人はすでに父島周辺のツアーに参加したことのある人ばかりなので、王道(南島上陸や兄島海中公園でのシュノーケリング)は無しにして、父島列島一周ツアーになった。

二見港を出て右(北)に向かうとすぐに3頭のイルカがいたが、遊ぶ気なしだったのですぐにあきらめてさらに北上した。兄島を超え、弟島を超え、父島列島の最も北にある孫島を回って東側に出てきた。今回のツアーには、タコ取り名人が乗っていて、岩場で穴ダコと呼ばれる小さなタコを取ることになった。4人の客のうち一人が行かないとのことで、3人の客とガイドの4人で岩場に向かいタコ取りにチャレンジ。穴ダコは岩場の穴や水路になっている所にいるとのことだった。私はガイドの人が見つけてくれたものをとらせてもらった以上には見つけることは出来なかった。残念。一匹くらい自分で見つけたかった。
我々がタコ取りに夢中になっている間に、船はイルカを探していたらしい。イルカの代わりにマンタがいたらしい。タコ取り後に行ってみるとマンタがいたが、私はほかの人の後ろから海に入ってしまい、泡だらけでほとんど見えなかった。

その後は波の静かな湾で船上昼食。のんびりした後でマグロ穴と呼ばれる穴のあいた岩のところに向かった。マグロ穴は海上だけでなく海中にも穴があいた岩で、泳いでくぐることができるほど穴は大きかった。そこにイソマグロの群れがいるのでマグロ穴と呼ばれているようだった。マグロ穴はほかにもあるらしく、ケータ島ツアーでも見ることができるらしい。
潜ってみるとかなり大きなものも含めて数十匹のイソマグロが群れをなしていた。

マグロ穴シュノーケリングを終えて船に戻った後は、父島の東側をひたすら南下。父島の東側は基本的に断崖絶壁で、ところどころ点在する浜以外は人が立ち入ることができるような場所はない。ところが、そんな断崖絶壁に野生化した野ヤギがたくさんいた。いったいどうやったらそこに行けるのかわからないようなところにまで居て、ヤギのすごさを実感した。

更に南下すると、赤い岩肌の崖が見えてきた。よくよく見てみると、ハートロックであった。ハートロックはもともと赤かったわけではなく、ハートロックのあたりにむき出しになっている赤土が落ちてきて表面が赤くなったものなのだそうな。たまたまハートの形に窪んでいたために、ハート型の部分にだけ赤土がかかり、絶妙なハートを形成している。しかし、間近で見ると威圧感たっぷりのハートである。このハートロックは母島の方を向いており、父島から母島へのラブコールなのだそうな。愛は盲目。ゴミのように小さな人間など見向きもしないといったところか。

ハートロックの脇を抜けて南島上陸ポイントのサメ池の前に向かった。ここは普段ならサメ池周辺から船が上陸するために通過する場所であるが、今日は島民の結婚式が行われているとのことだった。実はPAPAYAで働いていた人だったらしく、船長も招待されていたらしいのだが、常連の客が来たので断れなかったと言っていた。
船長曰く、PAPAYAの船を出してほしいといわれると言われると思っていたそうなのだが、実はピンクの船(ピンクドルフィン号)が予約されていたようである。さすが結婚式だ。
我々が南島に近づいた時には、サメ池にはまだピンクドルフィン号がいた。時間的にもまだ出てきそうではなかったので、普段は危なくて泳ぐことができない南島の海中公園を泳ぐことができた。
後は、二見港に帰るだけになったので、ウエットスーツを脱いでしまったところ、いきなりイルカが出現した。時間もないので、ウエットスーツは着ないで水に入った。海水は浮きやすいというが、確かにそのとおりで、波がなければウエットスーツなしでも大丈夫そうだった。

ツアー船は二見港のとびうお桟橋というところから出入りするのだが、この日は船を降りた後でもうひとつイベントがあった。船を下りると、桟橋の下にサメがいるとのことで早速見に行ってみた。桟橋の下には、枝サンゴが群生しているのだが、そこにノッソリと2mクラスのサメが泳いでいた。白ワニ(sand tiger shark)と呼ばれる比較的おとなしい種類のサメだった。しばらく見ていると、もう2匹いて大きいものは2.5mを超えていた。

夜は初めて晴れていたので、星を見に行った。海岸に出てみると自衛隊の大きな船が明かりをつけていて真っ暗ではなかったのが残念だったが、それでも天の川が見えるほど星はたくさん見えた。今回の旅行では満天の星空を期待していたのだが、おが丸でも島に来てからも天気が悪くて見ることができなかった。やっと見れた、というのが正直なところであった。

 6月18日(木)

昨晩は夜まで見所満載で予約を入れ忘れていた。昨日行ったPAPAYAは今日は休みだったため、朝、父島タクシーに行ってみると空いているとのことだったので、即申込。
今日も15:00までの短めの時間のツアーだった。
昨日のような突発的な王道外しではなく、今日はイルカを探しつつ南島へ。結局イルカは見つからず、南島上陸へ。上陸する人もいたが、半分くらい残って南島周辺で再度イルカ探し。
1時間見て回ったものの、結局イルカは見つからずに上陸組を乗せに南島に戻ることになってしまった。
上陸組を乗せた後は、再度イルカ探し。
すると、南島を出てすぐにとんでもない大群に出くわした。あまりに多くて数は分からなかったが、船長の話では、先頭にハシナガイルカ30頭くらい、その後にバンドウイルカが20頭くらいはいたようである。
我々はまず、先頭のハシナガイルカの前に降りる。当然ハシナガイルカは遊んでくれないので潜ってしまうのだが、今回に限っては追いかける必要なし。ハシナガイルカは単なる目印にすぎないという、なんともぜいたくなドルフィンスイムである。ハシナガイルカに続いてバンドウイルカが現れるので、ハシナガイルカが行った方に体を向けて待っているだけで、バンドウイルカが勝手に現れてくる。しかも、そのバンドウイルカを見失っても、さらにその後にまたバンドウイルカが現れる。残念だったのが、イルカが寝ていたらしく(脳を片方ずつ休めるらしい)遊んでくれることはなかったが、それでも砂地の海底に時折背中をこすりつけたりしている姿を見ることができた。
何といっても数の多いこと。一度水に入ると、しばらく見ていられる。父島じゅうのイルカが集まっているのでないか?という声がでるくらいであった。
しかも、前回味をしめたので、今回はウエットスーツは着ないで挑戦してみた。ウエットスーツを着ないと簡単に潜ることができるため、今回のようにイルカが潜ってしまっても、少しだけ近づいて見ることができた。

昼食は父島の南西側にあるジョンビーチ前に船を泊めて船上ランチ。ジョンビーチにも行ってみたが、こちらは浜としては砂が少なく、あまり快適ではなかった。
今日は終了のはやいツアーなので、この後はイルカを探しながらだらだらと帰港。
途中、再度イルカを見つけたが、どうやら午前中に見た群れの一部であったらしい。相変わらず寝ていて遊んではくれなかったが、今日は午前中に見た圧巻の群れで満足していたので、あまり気にならなかった。

今晩はユースホステルで晩飯がでないので、外食の予定。時間に縛りがないので、ウェザーステーションで夕陽を見ようと思っていたが、天気が悪く断念。
自衛隊が入港しているので、急いで行かないと店がいっぱいになってしまうということで、早めに夕食へ。
ユースホステルに泊まっていた人と鮨屋に入り、カメの煮込みやカメベーコン、カメのから揚げ、島野菜のてんぷらなど島料理とお酒を堪能した。

 6月19日(金)

一昨日、昨日と2連続で海に行って少々疲れたので、今日はのんびりモード。
洗濯して、お金をおろしたりして、昼食はハンバーガー屋でサメバーガーなるものを食べてみた。噂には聞いていたが、サメは白身だった。
暑くなってきたので、午後はウェザーステーション展望台へ向かった。相変わらず登っている最中は汗だくだが、展望台は気持ちいい。
しかし、今日は天気の変化が激しく、のんびり本を読んでいるうちにだんだん曇ってきてしまった。
しばらくすると、停泊していた自衛隊の船が出港してきた。
今回停泊していたのは、小さい船(哨戒艇?)が6隻と大きな船(旗艦?)が2隻だった。最初に小さいほうの6隻が出てきて、その後大きいほうの2隻が順番に出てきた。
大きな汽笛が鳴った。ウェザーステーションからでは見えないのだが、おそらく最後の1隻が出たらしい。しばらく見ていると最後の1隻が出てきたが、ウェザーステーションから見ているのに気づいたのか、光で合図を送ってきたので、いた人全員で手を振ってみた。すると反応してくれて、何回も合図を送ってくれた。
おそらくは、しばらく陸に上がらないのだろう。離れるのを惜しむように見えた。その後、船は2方向に割れて、やがて見えなくなってしまった。

しばらくすると、真下の海を見ていた人が何か指差しているので見てみると、肉眼で見えるところにイルカがいて遊んでいた。
噂には聞いていたが、本当に陸からイルカが見えるとはびっくりだった。
イルカは小さいのでやっと見える程度だが、冬に来るザトウクジラであればばっちり見えそうである。

天気が良ければそのままウェザーステーションにいて夕陽を見ようと思っていたのだが、雲が切れる様子もなく、単に寒いだけになってきたたため降りることにした。
でも、ベストポジションで自衛隊が出てゆくのを見ることができたので、良かった。

 6月20日(土)

今日はおが丸の入港日。この船で帰ることになる。
入港の様子を見にゆこうかとも思ったが、自分が来たときに見てはいるので、やめにした。
かといって、海のツアーも午後の半日なので、それもやめにして、バスで小港海岸に行きのんびりすることにした。
土曜日だったので、朝早い時間のバスはなく、9:15発が最初だった。途中、バスの運転手さんが案内もしてくれて、境浦の沈没船も見逃さずに見ることができた。
バスは15分くらいで小港海岸に到着したが、降りるとすぐに人が近づいてきた。おそらく自然文化研究所の人と思われる。
小港海岸は単にバスの終点や砂浜の入り口というだけでなく、父島の南側にある遊歩道の入り口になっている。
ここからジョンビーチジョンビーチまで、歩いて片道2時間くらいらしいが、朝一番のこのバスで向かう人がいるために注意を促しているらしい。
実は暑いので相当量の水を持ってゆかないと、危ないのだそうな。しかも、その先にはガイドなしでは立ち入ってはいけない遊歩道もあるため、可能性のありそうな人が乗っているバスに合わせて待ち構えていたらしい。
小港海岸でのんびりすつるもりと伝えたが、すぐ横の中山峠からの眺めは奇麗だとか、その先のブタ海岸くらいまでなら近いとかいう話になり、結局ブタ海岸までは向かうことになった。
今日は晴れていて日差しが暑かったのだが、日差しが差し込まない林の中では、朝方降った雨のせいか異常な蒸し暑さでジャングルウォーキングみたいな状態になった。
中山峠の手前で泣き声がすると思ったら、野ヤギがいた。少しずつ駆除しているそうで、数日前にもアナウンスが出ていた。
中山峠に着くと、確かに絶景だった。北はわずかに二見湾が見えるが、二見湾の南にあるコペペ海岸や小港海岸などが一望できる。南側はブタ海岸やその先に南島が見える。
そして、南東から東にかけては人の立ち入らない自然の山が見渡せる。島の北側にあるウェザーステーションや三日月山の二見湾側の展望台とは違った、島の自然を一望できる絶好のポイントだった。
せっかくなのでその先のブタ海岸までは降りてみた。ここは昔ブタを飼っていたことからその名がついたらしい。
正面に南島が見え、割と砂浜も長く、峠の昇り降りがなければ海水浴にも気持ちよさそうだった。
ジョンビーチ方面の遊歩道の入り口を探してみたら、小さな川の反対側にあった。
行ってみると、オカヤドカリが岩や木の下に大量にいて、気持ち悪いくらいだった。

海水浴をするつもりではなかったため、水着を持ってきていなかった。これ以上ブタ海岸にいても仕方がないので、小港海岸まで戻ることにした。
帰り道にまたヤギの泣き声がすると思ったら、目の前の遊歩道にいきなりいた。割と近づくまでこちらを見ていたが、ある程度まで近づくとやはり逃げてしまった。

帰りの中山峠から二見湾の方を見ると遠くからおが丸が近づいているのが見えた。ちょうど入港時間だったらしく、湾の手前まできて見えなくなるまで見ていた。

小港海岸は浜が広く、休憩スペースもあり、湾の中央あたりにシュノーケリングの人が休めるように浮きまで用意されていた。さらに看板によれば、海中に見どころを説明した案内板まで立てられているらしい。
小一時間ここの休憩スペースで本を読みながらダラダラしてから帰ることにした。

今日の夜は、待望のナイトツアーだった。
早めに夕食をとり、バンに乗って出発。運転手兼ガイドは船でもガイドをしている女の子だった。
出発すると、まずはグリーンペペと呼ばれる光るキノコを見に行くことになった。
ところがこの日のこの時間は羽アリ(シロアリの羽アリなので実際にはゴキブリの仲間らしい)が大量に飛んでいて、暑い中窓を閉めて走ることになった。
ところが、窓を開けられないことよりももっと大きな問題が待ち構えていた。正確には多くの問題なのかもしれないが、羽アリを食べるために道路の街灯の下に異常な数のヒキガエルが道いっぱいに広がっていたのである。最初は木の葉が落ちているのかと思ったが、全部ヒキガエルだった。
女の子の運転手はキャーキャー叫びながら何とか踏まないようにハンドルを左右に回していたが、たまにタイヤが何かを踏んだ感触が伝わってきた。
しかし、運転手の気分とは別に、あれだけの数がいると踏まないようにして正解だったと思う。あの数のカエルを踏み続けたら、タイヤがスリップしていた可能性が高いからである。特に走っていたのは山に向かうくねくねの坂道であったため、いろいろな意味で踏まないようにする努力には意味があったと思う。
しばらくして、ポイントに到着。道のわきに水が流れている所があり、その先の竹やぶの中にあるらしい。懐中電灯を消して目を慣らすと、所々緑色に光っていた。
あまり見えないので、ガイドの人がグリーンペペが生えている朽ちた竹を持ってきてくれた。思っていたよりも小さなキノコで、菌糸だけしかついていないところも光っていた。

その後は、昼間行った小港海岸へ。昼間は小港海岸ではみなかったオカヤドカリが海岸に出てきていた。どうやら産卵のために集まっているらしい。
このとき聞いたのだが、オカヤドカリは天然記念物であること(そうはみえないくらいたくさんいたが)、背負っているのは貝殻ではなく、外来種のアフリカマイマイの殻であると教えてくれた。1匹だけ、アフリカマイマイも見ることができた。
海岸にいたオカヤドカリの1匹がものすごく大きくてびっくりした。と同時にこの大きさのアフリカマイマイがいたことに気づいて、2重にびっくりだった。
ちなみにどれくらい大きいかというと、殻の大きさだけで10cmを軽く超える大きさだった。うひゃ〜
その後、海岸で水をバシャバシャしながら夜光虫(プランクトンの一種らしいです)をみたり、蟹を見たりして、浜を後にした。
最後にオガサワラオオコウモリを見に行ったが、残念なことに見ることができなかった。
今回の旅行で狙っていて唯一見れなかったものとなってしまった。

 6月21日(日)

今日はPAPAYAの船でイルカ&マッコウクジラツアー。さすがにおが丸が来ている間なので客が多かった。
二見港を出て王道の南島へ向かう途中にイルカと遭遇。父島タクシーの船とPAPAYAの船しかいなかったが、PAPAYAの船は大きく南島に上陸できないため別途小舟がいる。
PAPAYAの船の客は2隻に分かれてのドルフィンスイムとなった。
私は今日もウエットスーツは着ないで水に入り、小舟側にいることになった。
イルカを追っていると突然雨が降り出してきた。徐々に強くなり、屋根のない小舟の上で、上半身裸でいると雨が痛くなってきた。
かなり寒く、イルカも見失ったため、本船のほうに戻って雨宿り。船長曰く、父島では雨が降り続けることはないの言葉通り、少ししたら雨がやんできた。まるで山の天気のようだ。
波もあり、酔ってしまった人が何人もでたため、南島に上陸して昼食となった。
南島は制限が多く、1日100人まで、必ずガイドが必要で、ガイド1人当たり客は15人まで、1回2時間までなのだ。
酔った人をなるべく休ませるために、制限いっぱいの2時間滞在することになったが、南島に上陸したときには晴れてしまい、日陰のない南島では逆にきつかった。
ちなみにこの日は夏至。南島にはちょうど昼ごろ上陸していたのだが、影の短いこと。ほぼ真上から射すというか、刺すような日差しが容赦なく照りつけていた。

昼食をとり、時間になったので南島を後にして、兄島の海中公園でシュノーケリング。
その間に、小舟の方が先にマッコウクジラを探しに行っていた。
シュノーケリングもそろそろ終わりのころに小舟から連絡が入り、クジラの声を拾ったとのことで、急いで向ってみた。ただし、場所が遠いらしく、あきらめないといけないかもしれないとのことではあった。

我々の船でもたまにマイクを入れながら探っていたが、どうやら何頭かいるらしかった。ただし、マッコウクジラの場合、いるというだけでは見ることができず、浮上してきてくれないといけない。
浮上してくれるのを期待しつつ、船を移動させていると、1時の方角の遠方で潮が噴きあがった。かなり先らしくあまり見えないのだが、見えた体の色からして、アカボウクジラという狙って探すことは難しいクジラだったようだ。残念なことに近づく前に潜ってしまったのだが、ラッキーだった。
その後はまたマッコウクジラ探し。
ところが、何かクジラではないものが水面にいるとのことで向かってみると、父島周辺にはいない、外洋性のイルカであるマダライルカだった。こちらも探して見つかるものではなく、非常にラッキーだったらしい。マダライルカは非常に大きな群れを作るらしく、船長の話では今回の群れは300頭くらいではないかとのことだった。
非常に遊ぶ気満々で、船の舳先について泳ぐもの、周囲で跳ねまわるものなど、船を中心に半径200mくらいはイルカだらけだった。
一緒に泳ぎたかったのだが、非常に残念なことに時間がなく、上から見ているだけだった。しかし、カメラは大活躍で、しばらくの間シャッターチャンスしかないような状態だった。
マダライルカを見てたら、先にクジラを探していた小舟から連絡が入り、マッコウクジラが浮上しているとのことで、大急ぎで向かうことになった。
しかし、追いつく前に残念ながら潜ってしまった。
もう一度マイクを入れてみたところ、前後に反応があったのだが、時間がないので諦めて帰ることになった。後ろに反応が出ているクジラが最後の望みとなった。
少し走っていると、ガイドの一人が、クジラの潮吹きを発見した。後ろにいたクジラが浮上してきたらしい。
ところが、やけに小さな潮吹きで、近づいてみると8mくらいの子供だった。あまり刺激しないように200mくらい手前でエンジンを切り様子を見ていると、近くにもう一頭浮上してきた。
母親か、あるいは同じ群れの養育係らしく、こちらは12mはある大人だった。
しばらく見ていると、クジラがこちらの船に気づき、何と近寄ってきた。おそらく最も近づいた時には100mを切るくらいには近寄ってきて、みんな大喜びだった。その後も、少し距離を置きつつクジラは呼吸を繰り返していた。どうも、1000mの深海では水圧で肺が機能しないらしく、筋肉の中に酸素をため込むらしい。そして、酸素をため込みつつ体温を温めてから再度潜航するのだそうな。
今回は呼吸を終えた後、尻尾を振り上げて潜航するところまでを見ることができた。
非常にラッキーな一日だった。

 6月22日(月)

今日はPAPAYAの船でケータ島ツアー。通常の1日ツアーに比べ集合時間が1時間早いので、朝食や昼食用のおにぎりはユースホステルの人にプレッシャーをかけながらになってしまいました。皆さん、本当に申し訳ないです。
PAPAYAの船は大きく、南島同様に本船ではケータ島に上陸できないため、今日も小船と合わせて2隻で行くことになった。
二見港を出てすぐに1頭だけイルカが出たが、1頭だけだったとことすぐに見失ったために深追いはせずにそのままケータ島方向へ。
聟島列島は父島列島から1時間以上かかるため、とにかくひたすら向かっていったが、途中何も出なかったため結構ヒマだった。
聟島列島は、北から聟島(ムコ島と読むのだが、俗称でケータ島とも呼ばれている)、媒島(ナコウド島)、嫁島(ヨメ島)と小さい島?岩?からなる小笠原列島最北の諸島である。

ケータ島ツアー最初のポイントは、最も南にある嫁島のマグロ穴だった。
しかし、この日は大潮と台風3号のうねりが重なって波が高く、岩にたたきつけていた。マグロ穴のような狭い所にシュノーケリングで入るのは危険だったため中止となった。
しかし、マグロ穴の近くでイルカの大群を発見。ハシナガイルカを先頭にバンドウイルカが後を追うような群れであったが、何か様子がおかしい。
ぷかぷかと水面付近をゆったり群れながら泳いでいる。どうも寝ているようだった。
水に入らずにしばらく見ていると、バンドウイルカがいきなりジャンプしてきた。どうやらスパイホッピングと呼ばれる偵察行動らしい。
しかし、バンドウイルカは目覚めの時間だったらしく、次々とジャンプし始めた。
しまいには、1頭がジャンプすると続いて3頭ジャンプするようになり、もはや偵察ではなく完全に誘っているようだった。
波が高く岩に近づくと危険で、流される可能性もあったため、よほど泳ぎに自信がある人以外はウエットスーツは必須となった。ウエットスーツを着なくても入れてもらえたのは、船の人が泳ぎのレベルを知っていると思われる二人だけだった。
私は当然ウエットスーツ必須。いざ入ってみると大変な状態だった。
イルカは待ちわびていたように寄ってきて、一緒に泳いでくれる。1つの群れが行ってしまい、船を探そうとすると、真後ろから別の群れが来たり、真横に2.5mはある大きなイルカが呼吸+様子見で現れたり、船に戻る余裕がないままにひたすらイルカと泳ぎまくった。
特に顔の左側に擦り傷のある若い1頭が遊び好きで、私に合わせて一緒にくねくね泳いだり、私の周りをぐるぐる回って遊んだりしていた。
本当に、「イルカと一緒に泳いでいる」と実感できる貴重な時間だった。
楽しかったのだが、いい加減疲れたので船に戻った。そろそろ出ないとケータ島ツアーの見どころを回れないので、惜しみつつも移動開始。

嫁島のマグロ穴には行けなかったので、媒島にあるもう一つのマグロ穴に向かった。
こちらは海に浮かんだ岩に穴があいているのではなく、媒島自体に横から穴があいていて貫通しているわけではない行きどまりの穴だった。
こちらは波がなく安全だったので、イソマグロを見にシュノーケリングしに行った。
われわれよりも少し深い所を20匹弱のイソマグロが悠然と泳いでいた。

そして、いよいよケータ島上陸。まずは小船に乗り換えて、浜辺に降りる。浜辺で昼食をとって少し休憩したのちに、いざケータ島最高地点の大山(標高80m)へ。
もしかしたら、ケータ島は今年の9月で入島できなくなる可能性もあるとのことで、貴重な上陸体験だった。
なお、PAPAYAの船のトイレのドアの前にはケータ島の大山からの写真がポスターになっているものが貼られている。
今回のツアーにはこの写真を撮影したプロのカメラマンが一緒に乗っていた。
数年おきに撮影に来ているらしい。

昼食後は大山への登山(?ハイキング?)開始。浜の近くの林に入るところからスタートとなった。
林の中はかなり涼しく、アホウドリの人工飼育、観察を行っていた人が使っていた小屋があった。また、枝から根が生える不思議な木ガジュマルの大木が生えていて、屋根を形成しているかのようだった。
しかし、快適なのはここまで。林を抜けると、まばらに木が生えているだけの日よけのない草地の斜面がひたすら広がる島なのだ。
なぜかきっちり晴天で夏至の翌日の刺すような日差しの中で、どこが道なのかよくわからない道をガイドの後ろについて行きながら30分かけて大山まで登って行った。
大山に着くと、風があり、幾分涼しさがあった。島全体がなだらかな斜面の草地で風がよく抜けることがよくわかった。
飛び立つのが苦手なアホウドリが聟島列島で生き残っていた理由がよくわかる気がした。
大山のあたりは大戦中に軍が通信施設を置いていたらしく、コンクリートの基礎などが残っていた。

また、この島はかつて人が住んでいたらしく、行きにお墓の前を、帰りの林の中でかまどや井戸などの生活の跡を見ることができた。

暑い暑いケータ島を後にして、船は徐々にお帰りモード。途中、イルカを見つけたので泳いで見たが、相手にしてくれなかったのでやめて小花(オバナ)と呼ばれるケータ島南部の波のないシュノーケリングポイントへ。水に入ると2mくらいの大きなマダラエイがお出迎えしてくれた。また、おそらく白ワニと思われるやはり2mくらいのサメも現れて、意外と楽しめた。
シュノーケリングしない人たちは、島の高い所にいるコアホウドリのヒナを観察していた。まだ、2羽くらい巣立っていないヒナがいて、それを眺めていたようだった。
その時、一緒に乗っていたプロのカメラマンが海に何かいるのを発見した。小舟でカメラマンとガイド一人が向かってみると、何とコアホウドリのヒナだった。
ガイドの人が近づいても逃げようともしない。これにはさすがに船長もびっくりしていたようだった。
なぜなら、コアホウドリは少し個体数が回復したとはいえ、まだ日本には40羽はいないだろうという、天然記念物どころか絶滅危惧種だからである。
しかも、飛び立つのが下手で、風の吹くなだらかな斜面から飛び立つような鳥なのに、そのヒナが海岸にいるのである。
船長は急いで衛星電話を使って自然文化研究所に連絡すると共に、対応方法を協議していた。
自然文化研究所からの回答を待っている間、なんとか助けたいとしきりに話していたのが印象深かった。
やがて電話が入り、動けないようであれば保護してほしいとのことだった。
すでに篭も用意してあり、すぐに保護して急いで父島へ戻ることになった。
船に乗せたときに少しだけ見ることができたが、野生の絶滅危惧種を1m以内の距離で見ることができたのは、奇跡的な体験であった。
ちなみに、この保護のために帰港が1時間近く遅れることとなり、船長はしきりに客に謝っていた。
すぐに島に連絡をいれ、客の泊まっている宿に事情を説明するように指示を出していた。
しかし、私としては、なんとかヒナが助かってほしいという思いや、希少動物を間近で見ることができたことなどもあり、むしろこの貴重なチャンスが巡ってきたことに感謝したいくらいであった。

船は急いで帰りたかったのだが、この日は大潮。しかも、潮の早い時間と台風3号のうねりが重なり、さらにケータ島ツアーでの難所(聟島列島の南側と父島列島の北側の海は急激に浅くなっている所があり、波が高くなりやすい)で、時化(しけ)状態となってしまい船は大揺れで速度を出せないでいた。途中、あまりの揺れに船長がアホウドリを心配して、ガイドに安全策を施すように指示を出していた。
時間的に遅くなってしまったために、この日はサンセットクルーズになった。実際には雲があり、水平線に沈むのは見えなかった。しかし、少し上にいるときに雲が切れているときがあって、きれいな夕焼けを見ることはできた。

船が港に着くと、すでに保護センターの人が待っていた。無事に回復して大空に飛び立ってほしいと願わずにはいられなかった。

 6月23日(火)

父島滞在最終日。とうとうこの日が来てしまった…
来た日と同じように、山には低い雲?霧?がかかっていた。
日差しはないのだが、とにかく蒸し暑くて歩いただけで汗が噴き出す。
港に自衛隊の潜水艦が来ているとのことで、お土産を買うついでに行ってみた。潜水艦は港の対岸に近い方に停泊していて、上陸する人はゴムボートに乗って上陸していた。
かなりな大きさで、数日前に来ていた小さいほうの船よりもはるかに大きなサイズだった。

そして、いよいよ出港の時間。すっかりおがさわら時間に慣れてしまったので、帰って慌ただしい中に戻ることにいまいち実感がなかった。
クジラ像の前で写真を撮るときに、クジラ像の前には別の集団が。どうやら、ソフトボール日本代表が来ていたらしく、記念撮影をしていたようだった。
写真を撮った後、乗船して船の前の方のデッキにに陣取った。この真下にユースホステルの人が居て見送ってくれていた。
なぜ前の方なのかというと、船が港を離れるとすぐに駆け足でPAPAYAの船に乗せてもらうからである。
出港の時間になり船が港から離れてゆくと、港にいた人たちが一斉に手を振り別れを惜しんでいた。

やがて船が二見湾を横断し始めると、ツアー船が一斉についてきた。
徐々に繁忙期に近づいているのだろうか?前回私が見送った時よりも、ツアー船に乗っている人が多いように思われた。
たいていのツアー船は宿が経営しているので、宿に泊まっていて仲良くなった人が乗っているものと思われる。
ただし、港の岸壁で最後まで人を乗せている父島タクシーとPAPAYAだけは、乗りたい人を手当たりしだい載せているような気もした。

各船とも船に近づいては「また来いよ〜」と叫び、誰かが海に飛び込むというお約束を披露してくれた。
私が今回の旅行でお世話になった父島タクシーとPAPAYAの船は最後の2隻であった。
特にPAPAYAの船は相変わらず延々走り続け、ひょうたん島の真横あたりでやっと飛び込む走りっぷり。
飛び込む人数も、2階から6人、1階から4人の合計10人という見ごたえのあるダイブとなった。
きっと回収が大変だったに違いない。
PAPAYAが最後だとと思っていたのだが、今回はなぜか真の最後は沿岸警備艇だった。
先週は沿岸警備艇が一番最初に離れたのだが、何があったのだろうか?

父島が離れてゆく… 父島が小さくなってゆく…
長いようで短かった父島でのひと時が終わってしまった。

その後、昨日行った聟島列島を眺めようと思ったが、ガスが発生してしまっていた。
1つだけぼんやりと島が見えたのが、小笠原列島を見る最後となった。

夕方、西の空は水平線上にこそ若干の雲があったが、きれいな夕焼けを見ることができた。
夜には一時雲が出たものの見事に晴れて、満天の星空を満喫することができた。
今日のおが丸での夕焼け、星空観察ツアーが、事実上の小笠原旅行の最後のツアーであった。

 6月24日(水)

遠くの方はやはりガスがでていて、晴れていれば見えると言われていた八丈島は結局見ることができなかった。
もう、この360度の水平線とのんびりした時間は最後かと思うと、特に何もせずにただ海を眺めているこの時間が貴重なものに思えた。

しばらくして、船は定刻通り東京湾に入った。きれいな海を見慣れていた自分にとって、東京湾の汚い海を見ていると、自分の気分を表しているようでなんとも言えなかった。
レインボーブリッジをくぐり、お台場にある等身大ガンダムを見るとすぐに、もう竹芝桟橋だった。



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