
このページは、私のドイツ旅行の日程を書いたページです。
日時は私がいた場所を基準にしています。
飛行機に乗っていた、行き(9月5日)と帰り(9月11&12日)以外はドイツの日付です。
なお、日本とドイツの時差は7時間です。
ただし、7時間の時差はサマータイム採用時で、他の時期は8時間だそうです。
切り替わる日は年によって変わるらしく、詳しくは旅行雑誌を見てください。
今回の旅行では、飛行機の都合上、初日と最終日のホテルのみ日本から予約していました。他の日は、行った先で探すことにしていました。このとき私は28歳だったのですが、持っていった旅行誌によるとドイツ南部ではユースホステルは26歳以下しか泊まれないと書いてあった。しかし、この旅の最後の方で聞いた話では、値段が上がるだけで泊まれるらしいとのことだった。もっとも、私にはこの話を聞いた時にはすでに遅かったのだが。しかし、せめてチャレンジくらいしてみても良かったのかもしれない。
日程
【9月5日】
横浜のYCATから5:45のリムジンバスで成田空港第一ターミナルへ。結局渋滞することなく予定通り到着した。飛行機は行きも帰りも”British
Airways”で、ロンドン(ヒースロー空港)経由、フランクフルト(帰りは逆)だった。
飛行機は予定通り、11:00前に離陸した。ロンドンまでは約14時間くらいで、つらいと思っていたが、隣に座っていたオランダの人と話がはずみ、意外と苦にならなかった。こういう時の隣人は重要なのだということを感じさせられた。
また、当初はミュンヘンでビール&ウインナ―三昧(だけ!!)の旅行にするつもりだったのだが、機内でいきなり変更し、fussenに古城を見に行くことにした。
ヒースロー空港は超巨大空港で、やたらとでかい(成田など比較にならない)ターミナルが4つもある。
飛行機を降りたゲート―(徒歩約15分)→ターミナル間バス乗り場(ターミナル1)
ターミナル1―(バス約15分!!)→ターミナル4
ターミナル間バス乗り場―(徒歩約15分)→ターミナル4待合ホール
ターミナル4待合ホール―(徒歩約15分)→フランクフルト行きの搭乗ゲート
もちろん徒歩の部分は走れば縮まります。
しかし、乗り換えに最低1時間程度余裕を見ないと危険な空港とは…
自分の無知ぶりを思い知らされました。
ヒースロー空港からフランクフルト空港では実際に機内にいた時間は短く、国際線という印象はありませんでした。(ただしEU内は、すでにほとんど国内扱いになっていますが…)
フランクフルト空港から予約していたホテルは、実はフランクフルト中央駅とは逆方向に2駅であることが判明したのは、駅のホームでした。駅を探して案内に従って進むと、切符売り場も改札(ドイツには日本で言う改札はない)も無しにホームに着いてしまった。なんと切符の自動販売機がホームにあり、そこで買って乗るだけだった。しかし、行き先がわかっても正しいホームにいるのかどうかわからず、ようやく聞いたときには次が終電という状況でした。
なお、その人に聞いたり後で分かったことをまとめると、
ドイツ国内には同じ名前の地名があり、フランクフルトも駅名の表示は「frankfurt
am Main (frankfurt a.m.)」”マイン川の近くのフランクフルト”となっていた。
大きな駅は中央駅を示す「hauptbahnhof」(ちなみに単なる駅はbahnhof)と呼ばれるため、後日切符を買うときに「hauptbahnhof」の文字を探したのだが、切符を買う場合はこの文字は出てこないようだ。
なお、中央駅という言い方があるのは、周囲に「frankfurt ***」という駅があるからのようだ。もっとも切符を買うとき以外は迷うことはないかもしれないが…
降りた駅は無人駅(?)だった。列車を降りた直後に地図を見て行き先を探していると、やばそうと思ったのか、乗った列車の運転手が発車せずに「大丈夫か?」と声をかけてくれ気にかけてくれていたようだった。なんていい国だろうと思った。ホテルにたどり着いた時には深夜0時だった。
初日からドキドキの旅行になった。
【9月6日】
朝起きて、ホテルの朝食(バイキング形式)を食べた。ウインナ―があったので早速食べたが、
うまい!!!!!!!!!!!!!
日本では食べたことのないうまさだった。(肉の味がしっかりしている!!)
その後、ホテルの送迎バスでフランクフルト中央駅へ行き、ICE(日本でいう新幹線)とローカル線を使ってフュッセン(fussen)へ行くことにした。
フランクフルト中央駅でfussenまでの切符を買った。さすがに自動販売機ではなく、窓口で買った。迷うかと思ったが、ある程度英語は通じるし、かなりすんなり買えた。なお、最初に次に発射する電車の乗り継ぎを含めた案内を出してもらい、それでよければ買うという手順だった。案内と切符売り場を兼ねているらしい。
ICEに乗ったが、1等/2等と指定席/自由席の区別がある。問題なのは指定席/自由席である。日本のように車両が違うわけではなく、座席の上に区間表示が出ている席は指定ということらしかった。(ただし、今でもよく分かっていないのだが、他の人を見ているとそのようだった)
アウクスブルグ(Augsburg)でローカル線に乗り換えて、フュッセン(fussen)へ行った。ここで気づいたのだが、ドイツでは車内に自転車を持ち込めるように、2等車の一部は折りたたみ式の椅子になっていた。実際乗り換えた列車にも自転車を持ち込んでいる人がいた。
フュッセンでは、まず宿探し。といってもガイドブックで予め目をつけていた宿がすんなり取れた。
その後、この日はフュッセン市内の観光名所(教会等)を見た。聖マング市教区教会(Stadtpfarrkirche
St. Mang)の天井には、TVで見たような絵が描かれていた(天使?天国?みないな絵)。後で見た教会も同じような絵が描かれている所が何箇所もあった。当時の流行だったのかもしれない。
フュッセンに限らずドイツでは(観光名所だけかもしれないけれど…)町並みの概観を損なわないようにするためか、建物の概観が”街として”整えられている感じがした。
その後は、途中で知り合った一人旅の日本人二人と夕食を食べてこの日は終わった。
【9月7日】
この日は、最初のお目当てだった、ノイシュヴァンシュタイン(Neuschwanstein)城へ行った。残念だったのは天気が悪く、降ったり止んだりだったことだ。この城は、ルードリッヒU世最後の場となった城らしいのだが、すぐ近くにもう一つ、ホーエンシュヴァンガウ(Hohenschwangau)城というのがある。実はノイシュヴァンシュタイン城が完成するまでの間、ルードリッヒU世が住んでいた城だったらしい。
2つの城は実はフュッセンではなく、近くのシュヴァンガウ(Schwangau)というところにある。フュッセン駅からバスが出ていて、私はそこからシュヴァンガウに行った。
シュヴァンガウのバス停で降りてから分かったことだが、実は2つの城は自由に見学することはできかった。予めチケットセンターで買ったチケットに書かれた時間に入り口に行くと、同じツアー番号の人だけが入場可能となり、そのグループでガイドの人から案内を受けて回るという方法をとっていた。ここで、気をつけなくてはいけないのが、バス停から少し歩いた所にあるチケットセンター以外では見学ツアーのチケットは売っていないということだ!!ちなみにチケットセンターからノイシュヴァンシュタイン城までは、山道(舗装はされている)を30分程度歩かなくてはならないため、間違って先に行ってしまうと泣くことになります。いきなり城に行こうとしたら、「城まで行ってもチケットは買えない」の看板を発見して、慌てて戻った。
なお、見学ツアーはドイツ語か英語のツアーのどちらかで、チケットを買うときに選別したうえでツアー番号が決まるようだ。だから、チケットを買うときには英語で話しながら買ったほうが良いと思います。
2つの城は、やはり有名なだけあってノイシュヴァンシュタイン城の方が派手だった。ただし、城主はだんだん精神的におかしくなっていったそうだが、こんなところに住んでいたら、妄想と現実の境目がなくなるかも知れないという気もするような内装ではあった。
なお、行きか帰りのどちらでも良いが、できる限り近くのマリエン橋(Marien brucke)にも寄ることをお勧めします。この橋から見るノイシュヴァンシュタイン城が一番きれいだと思います。
しかし、さすがは有名なだけあって見る価値はあったとおもいます。どうしても時間がなければ、ノイシュヴァンシュタイン城を見ておけば、とりあえずいいと思います。
この日は2つの城を見た後、急いでフュッセン駅に戻り、この旅のそもそもの目的地のはずだったミュンヘン(munchen)へ向かった。ユースホステルに泊まれないと思っていたため、CVJM(ドイツ版YMCA)に行った。3泊するつもりだったが2泊しかできないと言われた。この時、なぜか不思議なくらい考え方が前向きで、3泊できなかったと悔やむどころか、「もう一ヶ所他のところに行ける!!!」と、瞬間的に思った。日本では考えられないくらいの発想だった。そしてこの晩、どうするかをわくわくしながら考えた。
しかし、ミュンヘンでは予定と大きく違っている事態になった。ドミトリー(相部屋)にできなかったためもあるが、一人旅をしている人を捕まえて夕食をいっしょに食べようと思っていたのに、結局捕まえられなかった。予想通り、ドイツ最大の目的だったはずのビアホールは一人で入れるような感じではなく、ウインナ―を挟んだパンを路上で食べただけになってしまった。(しかし、相変わらずウインナーはめちゃくちゃうまい!!!)
しかし寂しく宿に帰った後、廊下でヨーロッパ長期旅行中人にばったり会った。実は夫婦でヨーロッパを長期旅行中らしかったが、なんとなく話が合って次の日の夜にいっしょにビアホールに行くことになった。何とかこの旅最大の目的を達成できそうになってほっとした。
【9月8日】
この日はやらなければならないことが多く、忙しい一日だった。
(1).9月9日はバス(ロマンティック街道号)で移動する予定だったため、チケットのチェックが必要。
(2).ビアホールに行く待ち合わせ時間までに、市内観光を終わらせる
で、(1)は「予約の必要はないから、時間までにバス停に行って、そこでチケットを買え」と窓口で言われすぐに終わった。
しかし、(2)は予想外に時間がかかった。見ようと思っていたのは2ヶ所で、ミュンヘンに本社のあるBMWのBMW博物館で、もう一つはドイツ博物館だった。
BMW博物館は古いものから新しいものまでいろいろ展示してあり、当時開発/製造していた、第2次世界大戦中に使用された飛行機のエンジンまでも展示してあった。BMWのアピールのための映画もあり、1時間半で見る予定が、2時間以上は軽くかかってしまった。このため、昼食時間を削らなくてはならず、ドイツ博物館最寄駅(地下鉄!!)近くのマクドナルドで食べるはめになった。なお、ドイツのマクドナルドはやたらとポテトとジュースがでかかった。
次に行ったドイツ博物館は、2時間で見るつもりだったが、大きな間違いだった。あれほど巨大な博物館は日本にはなく、そもそもあの規模の博物館が存在することを想像していなかった。今回の旅の中で、自分が「井の中の蛙」であったことを最も痛感した。(あとはヒースロー空港の大きさも、そうだが…)
館内では自分のいる場所が分からなくなるほどだった。(私は方向音痴なわけではない!!もちろん案内の紙も間違っていたが、それ以上に巨大すぎる!!!)基本的には工業的な展示内容がほとんどだが、車の展示場所ではバイク/自動車が各々数十台!!蒸気機関車の展示場所では、私の背(175cm)より高い”車輪”の蒸気機関車が2両!!戦闘機やヘリコプターの所では数台がまるまる一ヶ所に展示されており、更に奥に全長(もちろん前後の長さ!!)20mクラスの飛行機がいきなり置いてあったりする!!奥の螺旋階段の円の中心に変な柱があると思えば、小さめのロケットが丸々置いてある!!
ちゃんと見るには丸1日必要な博物館だった。
その後、約束していたビアホールへ!!ジョッキは小さいもので0.5L(つまり500ml)、大きいもので1Lだった(それ以外はなし!!)。ビールは数種類あったが、ビール酵母を抜いていないものが多い気がした。日本でいうと「銀河高原ビール」のようなものだ。だが、現地で飲むビールはやはりうまい!!ちなみにいっしょに食べたウインナ―もやはりうまい!!ミュンヘンにはビール醸造所直営店がいくつかあるらしく、せっかくだからということで直営店を3ヶ所回った。目的が達成されてとてもうれしかったと共に、満足だった。いっしょに行って下さった夫婦に感謝です!!残念だったのは、昼に行かないと食べられない白ウインナ―のゆでたものを結局食べられなかったことだった。
【9月9日】
この日はバス(ロマンティック街道号)で移動しなくてはならなかった。8:30頃にはバス停にいたほうが良いとのことだったので、8:00には宿を出発した。歩いている途中に街頭温度計表示があったが、8℃だった。
その後バスに乗ったが、ミュンヘンから乗ったのは私の他には白人(多分ヨーロッパの人)の女性2人組の3人だけだった。
ロマンテック街道に指定されている所は列車では不便なところが多く、バスで行く観光名所といった印象があった。観光用に設定された路線らしく、所々にロマンティック街道であることを示す看板が立っているところがあるが、脇に小さく日本語で「ロマンティック街道」と書いてあったり、数カ国語ある車内アナウンスの、ドイツ語、英語の後に日本語のアナウンスもあった。ただし、私が乗ったバスでは、明らかに異なる路線(ロマンティック街道用ではなく古城街道用)が流れていた。しかも、流すべき場所とは無関係に、ミュンヘン出発直後に全部流してしまっていた。
バスは高速道路(ドイツでは無料!!)と下道を繰り返し使いながら、古い町並みのあるところを通っていった。この日の私の目的地は途中のローデンブルグ(Rothenburg
ob der Tauber)で、フランクフルトと同様に同じ名前の地名が他にもあるらしく、駅の名前は”タウバー川の近くのローデンブルグ”になっていた。
バスは途中で数回休憩や途中で乗る人を乗せるために停車した。そして、行きに私がICEを乗り換えたアウクスブルグ駅前で日本人が二人乗ってきた。
ロマンティック街道沿いには、城壁で囲まれた街がいくつもあった。その後、ディンケルスビュール(Dinkelsbuhl)で昼食となったが、この街もそのようなところだった。昼食のため街に入ろうとすると、なぜか街の入り口で4DMとられた。実は年に1度の祭りの日だったらしい。4DM取られはしたが、非常に運が良かった。いかにもヨーロッパ風の祭りといわんばかりの祭りだったが、何よりもグリュースワイン(ホットワイン)がおいしかった。寒かったせいもあったが、やはり現地で飲むものはうまい!!とにかく非常に運が良かった。
昼食後、次の停車場所が目的地のローデンブルグだ。バスは駅前で停車した。城壁で囲まれた、いわゆるローデンブルグは駅から少し歩いた所にあった。さっそく宿探しをしたが、街の中心であるマルクト(markt)広場の脇にあった、一階がレストランになっている宿がすぐにとれた。
その後は、すぐに中世犯罪博物館を見に行き、あとは街中をふらふらしていた。マルクト広場に通じる道沿いは、小物やお土産を売っている店がたくさんあり、なかなかきれいだった。
夕食は宿のレストランで食べた。今回の旅はあまりまともなところで食事をとっていなかったため、久しぶりにまともなものを食べた。しかし、一皿の量がやたらと多い!!近くの席の人がたのんでいた料理を見ると、とても食べられそうな気がしなかったので、暖かい前菜の中から「なすとひき肉の料理」を頼んだ。(なぜか、日本語のメニューがあった)
しかし、出てきたのは日本でならちょっと多めの一人前くらいのミートグラタンだった。本当に前菜か?と思ったが、おいしかったので良しとした。
夜の街がきれいだと聞いたので、夕食後に少し歩いてみることにした。街頭や店のショーケースに灯がともり、とてもきれいだった。(しかし、すんげ〜寒かった。)
【9月10日】
この日はフランクフルトの宿にたどりつかなければならない日だった。前日の調査で、列車での移動はローカル線の乗り継ぎがあり少し大変そうに感じられた。
昨日、ミュンヘンからローデンブルグに来る際に乗ってきたヨーロッパバスのロマンティック街道号の方が、乗り継ぎもなく、時間的にも都合がいいのでバスで移動することに決めた。
とりあえずバスは夕方出発なので、午前中はローデンブルグ観光とお土産買いを決め込んだ。下手に大都市フランクフルトに戻ってからよりも、いかにも”ドイツ”っぽい観光地のため、お土産を買うにもよいように思えた(少なくとも、空港の免税品店で高いブランド物を買うよりは、はるかに良いお土産を買えたと思う)。
結局、午前中で観光と買い物が終了した(雨風で寒すぎ!!)。もうバス停のある駅まで行こうと思っていたときに、昨日途中からバスに乗ってきた一人にばったり会い、彼も同じバスに乗る予定で暇暇らしかったので、いっしょに駅前でバスが来るまで数時間ビールを飲んですごした。
結局、飲んだくれたままバスに乗り、何事もなくフランクフルトにたどり着いた。しかも、予約していたホテルがバスから見えたため、迷うこともなくたどり着くことができた。
【9月11日&12日】
とうとう帰国の日になった。フランクフルト→ロンドン(ヒースロー)→成田だったが、フランクフルト発が午前中だったため、もはやこの日は慌しいだけだった。ヒースローでの乗り換え時間が1時間くらいしかなく、結局成田行きに乗り換えるまではひたすらばたばたするばかりだった。
成田行きに乗ったら、エコノミーは半分くらい(と思えるくらい)ツアーの女子大生(?)だった。私は窓側にしたのが失敗で、運が悪いことに隣の2人がいつまで経っても延々しゃべり続けてる。たのむから寝かせてくれ、と思ったが無理そうなので、トイレついでに席に戻らずにビール&ブランデーを搭乗員の作業スペースで飲んだ(席に戻るとうるさいので、この場でよっぱらう魂胆だったのだが…)。飲んでるときにふと横を見ると、なんと隣の2人がカップラーメンを頼んでる!いい加減にしてほしかったが、どんどん飲んで寝ることにした。その後は酒の力で寝ることができ、到着直前に朝食を配っているときに目がさめた。
ここまでは文句ばかり思っていたが、実はこんなことは非常に平和なことだった。なぜなら、この日は「ニューヨークハイジャックテロ」の日だったからだ。後で気づいたことだが、実は離陸後に機内のTV/映画放送のニュースチャンネルが止められてしまったのだ。そのときはなんとも思わなかったのだが、あんなことが起きていようとは…。
そんなこんなで、行き当たりばったり&慌しい&とんでもない旅行でした。